モノづくりの町東大阪で熱処理工程のある切削加工を得意とする技術集団『切削達人』代表の永田弘です。
この時期、会社の近隣にある多くの学校で、卒業式が行われる光景をよく目にします。 また、弊社で働いているスタッフさんのご家族も、4月から保育園児から小学生に。小学生から 中学生に進学されます。皆様の周りやご家族にもそのような方がおられるのではないでしょうか。
私はこの時期になるといつも思い出すことがあります。。。
小、中学生の頃、私は全く勉強が出来ず落ちこぼれだったのですが、高校進学を気に勉強スイッチが入り、 最終的には、卒業式で優等生として表彰されるまでになりました。
そして、卒業式の帰り道に、父がボソッと『3年間よく頑張った!すごいぞ!!』と褒めてくれました。
父は、ザ・昭和な人で、私が幼少期の頃から、朝から晩までがむしゃらに仕事をし、休日は接待ゴルフ。 周りの友達は、休日に家族でお出掛けしてるのに、うちの家はなんでどこも連れてってくれへんの?と、 羨ましく思っていた記憶があります。
そして、私や姉が悪さをすると、鉛筆削りが飛んできたり、 グーパンチ👊。食事中にも怒りが再燃すると、突然木の箸の硬い所でどつかれたりしました。。。
また、せっかちな性格で、出掛けるときはいつも時間厳守!準備が遅れて、出発が遅れると、 途端に顔が赤くなり、機嫌が悪くなります!汗。 なので、私と姉にとって父は恐ろしい存在でした。
そんな父なので、今まで怒られた記憶はあっても、褒めてもらったことがなかったので、 『父が初めて褒めてくれた!』と、めちゃくちゃ嬉しくなったのを今でも昨日のことのように 思い出されます。そして、褒めてもらえたのは、生涯これが最初で最後となりました。
それから、大学卒業と同時に会社に入ったので、父と子の関係ではなく、経営者とイチ社員として 仕事中はもちろん、プライベートでもいつも互いに敬語で話をする、周りから見ればおかしな関係でした。
今から9年前に代を引き継いでからも、『お前が心配や!』と生涯現役を貫き、 毎朝5時に出社し、トイレと工場の掃除を欠かさなかった父。
先日、創立65年の節目を無事終え、出来立てほやほやの決算書を見て 黙ってうなずく父の背中が、少し小さく見え、口には出しませんでしたが 私には褒めてくれている様に受けとれました。
そんな父が天国に旅立って、もうすぐ1ヶ月が経ちます。
もっと褒めてほしかったし、仕事の相談もしたかったのですが、今となってはもう叶いません。
しかしながら、これからは常に天国から見守られている父の想いを引き継ぎ、70年、80年、、、 100年と、皆様から必要とされる会社であり続けるために、気持ちも新たに仕事に全力で 取り組んでいくぞ!と、桜のつぼみに誓いました!